こんにちは。パートナーシップ心理学アカデミーメルマガ、月曜日担当 大城悦子です。
今日は、以前私が体験した新幹線での出来事から、自分の中の「当たり前の前提」に気づいた話をしたいと思います。
東京での用事を終え、大阪までの2時間半音楽でも聴きながらゆっくり過ごそうと思った私は、座席のリクライニングを倒すために後ろの人に声をかけました。
「座席倒していいですか?」
もうその時点で私の手はリクライニングのレバーにかかった状態。
後ろの人の「はい。」という答えを想定済で、なんだったら気持ち的にはもう倒れかかっていたかもしれません。
ところが後ろの人から返ってきた言葉はまさかの
「いやです。」
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「え?今いやって言った?」
そう思って後ろの人の顏を見た私に、その人はもう一度
「いやです。」
とはっきり言いました。
やっと状況を飲み込んだ私は「あっすみません…」と小さく言って向き直りました。
最初は「あーびっくりした。」と思ったものの
直角の背もたれで、ちっともくつろげない私はだんだんと腹がたってきました。
「断るなんておかしくない?」
「譲り合うのが常識だろう。」
「私はちゃんと聞いてあげたのに!」
そんな気持ちがフツフツと湧いてきました。
怒りが収まらない私はグーグル先生に助けを求めて
「新幹線 リクライニング 誰のもの」
と検索してみると、私と同じように倒すのを拒否された話や、逆に前の人が倒しすぎて困った話など似たような話がいっぱいありました。
結局リクライニングの主導権は前の人とか後ろの人とか、決まりはなく
JR東海の見解も「お客様同士で譲り合って気持ちよくお過ごしくださいね。」となっていました。
まぁそりゃそうですよね(笑)
リクライニングぐらいでそんな大騒ぎしなくてもいいじゃないって
私がこんなに腹をたてた根本は
私の中に返事の選択肢が「YES」
聞いたらYESと言うのが当たり前、という私の前提があったから、断られた時に無性に腹がたってしまった。
マナーを守っているんだから要求は通るはず。そういう思いがありました。
マナーを守ることは大切だけど、この私の前提は偏りすぎると
私はマナーを守った(善人、正しい)のだから私の要求は通って当然だ。
マナーを守った私は正しくて断った相手は悪い、となってしまうかもしれないと思いました。
実際そう思ったからこんなにムカついているわけですよね。
こんな風に日常の中で、怒りがわいてきたり、感情が大きく動く時には
私のように自分の中の「当たり前の前提」
みなさんももし怒りがわいてくることがあったら、どんなセンサーに反応しているのだろうと考えてみるのはどうでし
余談ですが…
直角背もたれではくつろげないはずだったのに、10分後には爆睡しちゃってました。
リクライニング関係なかったですー(笑)
今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
大城悦子