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湯川のメルマガやブログでは「愛の定義」という言葉がとてもよく出てきます。
パートナーシップにおいて「自分が持つ愛の定義」が、問題を生み出す原因にもなるし、逆に幸せを運んでくるものにもなる。それくらいとても大切なもの。
今日は改めて「愛」についてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。
あなたの持つ「愛」はなんですか?
相手の行動を強制できたとしても
感情までは強制できない。by:yukawa
愛の定義は夫婦問題および子供との問題の「鍵」となるくらい、とても大事なもの。
個別体験会では、参加者一人ひとりが持っている「愛の定義」を明らかにするワークを必ず行います。
愛の定義は、人それぞれです。
例えばこんな感じ。
・何でも言う事をきいてもらうことが愛
・怒らず笑顔でニコニコしてくれることが愛
・いつもそばにいてくれることが愛
・誰よりも最優先してくれることが愛
・言わなくても分かってくれることが愛、等々…。
明らかになったご自身の愛の定義を見て驚いたり「マジそう思ってるわ」とつぶやかれたり(笑)
この時のリアクションが、なかなか皆さん面白い。
愛が苦しみに変わる時
先月行った体験会で、こんなご意見を言って下さった方がおられました
「この定義のままでも、いいんじゃないんですか?」 と。
何でも言う事を聞いてもらえたり
言わなくても分かってもらえたり
自分を最優先してくれたら、確かによさげですものね。
なのでこの方の質問は、とってもナイスな質問なのです。
あなたなら、どう思いますか?
その愛は「自己完結」しているか?
もちろんそれで問題がなければそのままで良いのです。
でも上記のような定義を持っていて、自分が心地よく過ごせることはアリエナイのです(きっぱり!)
それはなぜか?とってもシンプル!
これ、全部「自分がコントロールできないこと」だから。
つまり全部「してもらうこと」なんですよね。自己完結しないの。
だとしたら、愛を得ようと思ったらこれを相手がしてくれない限りは「苦しい」わけです。
何とかやってもらおうとして、怒ったり、すねたり、暴言を吐いたりしても、相手が本当にあなたの思い通りにやってくれるかどうかの保証は有りません。
たまたま今日は、あなたが望むようにやってくれたとしても、明日はわからないのですよ。
全くもって相手次第なのです。こんな不安定で怖い事はありません。
相手の行動を強制できても感情までは強制できない
同様に、あなたが誰かを愛したなら、自分の持つ愛の定義通りの行動をしようとします。
その結果相手が喜んでくれるかは分かりません。
あなたがいくら尽くしても、それが相手にとって求めていないことであれば、相手に「感謝させる」ことは出来ませんし、「愛させる」ことも出来ません。
相手の行動を強制できたとしても、感情や反応は強制出来ない領域だからね。
でも、あなたは自分から積極的に話しかけることが出来ますし、分かりやすく伝える努力をすることも出来ます。
相手がどうであれ愛を持って接する事もできます。
相手から「どうされた」とか「どうされなかった」という「受け身」ではなく、具体的に自分が出来る事をやっていけば良いですね。
あなたの幸せに「役立つ」ものは何か?
そう頭では分かっていても、自分ばっかり損しているような感じや、不平不満の思いが湧いて来る場合は、やはり「愛の定義」を変えることが第一なのです。
ここを変えなければ、行動だけを変えたとしてもすぐに元に戻ってしまいます。
なぜなら、定義とは自分の思考そのものだから。思考が変わるから行動が変わるわけです。
その思考の一番キモになるのが「愛の定義」
これです!!!!
どうされたから愛されたと感じるのか?
どう言われたら愛されたと思うのか?
これをお一人おひとりの話を聞いて紐解いていくのが、湯川の個別体験会。
まとめ
そもそも自分がどんな定義を持っているのか、どんな思い込みを持っているのか分からない。
でも今の現実がモヤモヤしたままで、同じ喧嘩を繰り返したり、どうもぱっとしないのであれば、そこには自分には見えていない偏った思い込みや愛の定義があるかもしれませんね。
自分の幸せに役立たない思い込みや定義は変えて行けばいいし、役に立つものを選べばいいのです。
どうやって思い込みや定義を変えて行くのか、そこはプロに任せるのが結局、一番確実で早い方法ですね。
自己流は事故流になりますから。
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