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期待を捨てると見えてくるもの

      2016/09/16

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タクシーでの出来事

息子が高校生の時、鹿児島市内にある下宿先へ訪ねた時のこと。

 

場所が全然分からなかったので

駅からタクシーに乗り

住所を言って連れて行ってもらいました。

 

ところがです!

 

車が通れないほどの細い道に差しかかった途端

「悪いけど、ここから先はムリだ。あとは自分で探してくれる?」と。

 

へ!?
まじですか~!!

 

初めての場所で分からず困ったのですが、運転手さんも困っている様子。

まっ、仕方ないと思いタクシーを降りたんですね。

 

もうね、辺りも暗くて
住宅街なんだけど、ほとんど人通りがないんですよ。

茫然と立ちすくむ私の前にたまたま人が通ったので、その人に住所を見せたら

 

「僕、そこの下宿生です。一緒に行きましょう」と。

 

また彼がホント親切で、いろんな下宿での話をしてくれたんですね。

おかげで息子に会ったときは

もう顔を見ただけで、すぐに帰ってきたくらい。

 

「湯川さん、結局何がいいたいんですか!」

という声が聞こえてきそうですね。

スイマセン、本題に入ります(笑)

 

制限や偏った思い込みを手放すと…

自分の思ったように行かなかったり

願ったように行かないと

人は自分の運の悪さを嘆いたり、苦しんだりしますね。

 

例えば今のようなときに、

タクシーの運転手さんを恨んだり

プロ意識が無いと怒ったり・・・。

 

私もその思いはゼロではなかったです。

ちょこっとは思いました(爆)

 

でもね、
「~べきだ」
「~するのが当たり前」
「~が常識」
という制限や偏った思い込みが、強ければ強いほど

 

自分の不幸度も
それにつれて高くなっていく

 

これが事実なのです。

 

数年前の私は、まさにコレでした。

制限や思い込みが多かったので、感情の浮き沈みも激しくよくプリプリ怒っていましたよ。(苦笑)

 

クライアントのKさんは
こんな思い込みを持っておられました。

「デートは誘ってきた方がプランを考えるべきだ」

その場合、相手がノープランだと「ありえない!」と憤慨するわけです。

 

でも向こうは向こうで、

デートはプランなど立てないで

二人の気持ちの赴くまま、

その時間を楽しむものだと思っていたのかもしれません。

 

いずれにしても、お互い自分の思いが

「当然!」と思い込んで、

相手に押し付けていただけかもしれないんですよね。

 

受け入れてみる

人生においては、

自分の願ったことや

期待したこととは全然違うことが

やって来ることがあります。

 

そのとき、自分に沢山の制限や思い込みがある人は

「なんで!!」とプリプリ怒っています。

そして苦しみを作っていくわけです。

 

自ら「不幸を選択」している、と言ってもいいかもしれません。

 

でもね、こんなとき

その予期せぬ出来事をいったん受け入れてみませんか?

 

「これでないとダメ!」

「こうしないときっと〇〇になるに違いない!」

 

そうやって不安や恐怖をこれまで感じていたために

頑固になっていたのかもしれませんが

その予期せぬ出来事は

【あなたの幸せのために】

舞い込んできたのかもしれません。

 

あなたが今幸せではないのなら

これまでのあなたの思考を、いったん手放してみましょう。

 

そして新しい出来事を

拒否するのではなく、受け入れてみましょう。

 

そしたら、意外とうまくいくことって多いんですよね。

 

仏教用語にみる“あきらめる”とは

よく私が言っている言葉、

「相手に期待を押し付けてもうまくいきませんよー」

「期待は捨てましょうね」

 

そういうと

「じゃあ諦めろ、ってことですか?」

と何度か聞かれたことがあります。

Yesでもあり、Noでもある、というのが私の答え。

 

「諦める」をちょっと辞書で引いてみますと・・・

「もう希望や見込みがないと思ってやめる。断念する。」と書かれています。

 

読んだだけで、何だかガッカリしてしまいそうな説明ですね(苦笑)

でもね「あきらめる」という言葉は、もともと仏教用語なのです。

さすが寺の子でしょ(笑)

般若心経にも「諦」という字が多数使われていますね。

揭諦(ぎゃーてい) 揭諦(ぎゃーてい) 波羅揭諦(はらぎゃーてい)ってね。

 

仏教用語で言うところの

「諦める」というのは

「真理を観察して明らかに観る」という意味なんですね。

 

物事の原因結果を明らかにすることや

周囲の状況をあるがままに見極めること。

 

つまり「状況をあるがままに見る」というのが

「あきらめる」のホントの意味。

 

ということは

何度言っても分からない人には「この人はこういう人なんだなー」と、

あるがままに見てあげるってことなんだと思うのです。

 

これが期待を手放す、ということと同義ではないかと。

 

つまり、、、

「なんでこれが出来ないの?」

「普通こうしてくれてアタリマエでしょ」と

相手が出来ないことを突っつくのではなく

相手のあるがままを、そのまま受け入れること。

 

あ、相手のあるがままを受け入れると言っても

DV(精神的肉体的暴力)をそのまま受け入れろということでは、ないですからね。

 

そうではなく、

ここで言っている「諦める」は

親やパートナーに対して求めていた無条件の愛情、ということですね。

 

自分以外の人から得ようと必死になっていたのを

状況をあるがままに見て諦める、ということです。

 

それは他人に満たしてもらうものでは無く

自分自身が満たさない限り、

埋めることができないと「見極める」ことでもありますね。

 

「諦める」の本当の意味を知るとなんだか面白いでしょ!

 

あなたと相手との関係性が変わる。

その鍵を握っているのは、

常に「自分」なんですからね~。

 

出来事に「いい・悪い」は無いのです。

全て自分が決めているだけのこと。

 

どんなことが起こっても、きっと自分に必要な事。

だから、絶対大丈夫なんです。

軽やかに、そして楽しみながら

そのことを受け入れてみましょう。

 

 

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湯川 央恵
幼少期からの家庭環境が将来のパートナーとの関係に大きく影響するということを 自らが夫婦関係の中で体験、 解決したことを機に、学んできた潜在意識、NLP、アドラー、フラクタル心理学、認知行動療法等を融合し, <ダメンズ引寄せ心理学の専門家>として活動。 クライアントに寄り添いつつも、問題点にズバリと切り込む独自のセッションが好評。 恋愛結婚の悩みのみならず、子育て、職場などの人間関係に悩む人たちが、自分らしさを取り戻し、真の自立を目指す女性になるまでの必要なアクションをきめ細かくサポート。 全国、海外からもセッション希望の問い合わせが多数寄せられている。

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